2022年3月1日火曜日

卒業おめでとう!

 2021年度の卒業式を厳粛な雰囲気の中で執り行うことができました。コロナ禍ということで一部制限をかけた卒業式といたしましたが、保護者の皆様のご理解をいただき無事挙行できましたことを心から感謝いたします。たくましく成長していく姿を思い浮かべながら、卒業式での式辞を述べました。

74回岡山県作陽高等学校卒業証書授与式 学校長式辞

 

春の息吹を感じる今日の良き日、岡山県作陽高等学校第74回卒業式を挙行できますことは、卒業生はもとより、我々教職員にとっても大きな喜びであります。ご卒業おめでとうございます。この卒業式にご列席いただきました保護者の皆様方、またライブ配信でご覧になっているご家族の皆様にも、今日の良き日を迎えられたことを、心からお祝い申し上げます。

新型コロナウイルスの感染拡大により、この卒業式にも一定の制限を設け実施するということとなりました。2年前、高校1年生の3学期から始まったコロナ禍により高校生活に多くの制限がかけられました。将来思い出として語られる皆さんの高校生活は、新型コロナウイルスを抜きにしては考えられないものとなってしまいました。そのような高校生活を経て新たなステージに羽ばたくみなさんに「作陽高校校歌三番」の歌詞を今一度説明し、それを贈る言葉としたいと思います。現在の校歌は今から58年前の1963年、昭和38年の男女共学一期生入学年度に校歌と制定されました。その当時の歌詞に現在の世相に当てはまること、そしてどのように生きていくべきかが示されています。

五濁(ごじょく)の海は荒くとも 不動の信念われにあり

静寂和敬(せいじゃくわけい)の精神(こころ)には さへぎる波もあらじかし 

最初に出てくる五濁とは仏教用語です。社会が混乱するときにおこる五種類の乱れを指しています。難しい言葉ですが、劫濁(こうじょく)、見濁(けんじょく)、煩悩濁(ぼんのうじょく)、衆生濁(しゅうじょうじょく)、命濁(みょうじょく)という五種類の世の中の乱れを指しています。一つ目の劫濁(こうじょく)とは時代的困難や飢饉、今まさに東ヨーロッパで起こっているような戦争やこの2年間世界を混乱におとしいれた新型コロナウイルス感染症のような疫病などの時代や社会の大混乱を指します。二つ目の見濁(けんじょく)とは、思想の乱れを言い、悪意に満ちた間違った見方や考え方が常識となってはびこる状態を指します。三つ目の煩悩濁(ぼんのうじょく)とは、欲望や憎しみなど、人々の煩悩が渦巻く社会になることを指します。四つ目の衆生濁(しゅうじょうじょく)とは、人びとの良心の資質が衰えた世の中になることを指します。五つ目の命濁(みょうじょく)とは、生命が軽んじられ、生きていることのありがたさや意義が見失われるような状態を指します。

これからそれぞれのステージに進む君たちは、このコロナ禍に立ち向かい、その後に来るwithコロナ、afterコロナ時代をたくましく生きていかなければいけません。将来の予測が立ちにくい五濁の海ともいえる実社会という大海原に飛び込もうとしています。改めて三番の歌詞をかみ砕いてみますと、「このような困難が渦巻く世の中でも、ぶれない心を持ち続け、落ち着きを保ち、人を敬う心を持てば、君たちの前に立ちはだかるものはない。」という意味になります。

一方で、この2年間のコロナ禍の高校生活を過ごした君たちは、大きな可能性があるともいえます。生活様式が変わったこの2年間のおかげで実社会という大海原は大きく変動しようとしています。時代をさかのぼってみても変動は改革のチャンスです。自分を変える、周囲を変える、固定観念にとらわれている社会を変えるチャンスでもあります。ぶれない心を持ち続け、人を敬いながらも開拓者精神を持ち、大海原に臨んでもらいたいと思います。

その大海原を進んでいくために必要なものは、3年間常に君たちに伝えていた「人間性」と「人間力」です。人間性、即ち利他の心を磨けば、どんな環境でも周囲から大きな信頼を得ることができます。豊かな人間性は、荒れている五濁の海において、君たちの周りの荒波をきっと穏やかなもとしてくれます。また人間力とは、人とかかわりあいながら力強く生きていくための力です。多くの情報、多様な価値観が渦巻く現代で、自分の考えを魅力的に表現できる人は、多くの人々を引き付け、巻き込み、大きな力を持つことができるようになると思います。人間力は、荒れる大海原でもしっかりと漕いで行くことのできる大きな力と必ずなるはずです。

そして強い思いを持ち、自らを成長させ、ぶれずにやり続ける、作陽高校の校訓「念願は人格を決定す 継続は力なり」を実践してください。

君たちの大いなる飛躍と、成功を祈念いたしまして、式辞とさせていただきます。