2026年3月1日日曜日

2025年度卒業式式辞

 ご卒業おめでとうございます

式辞

近隣の桃の花のつぼみが少しずつ膨らみつつある今日の良き日、作陽学園高等学校第78回卒業証書授与式を挙行できますことは、卒業生、保護者はもとより、教職員にとりましても大きな喜びであります。また御臨席いただきましたご来賓の皆様方に厚く御礼申し上げます。ありがとうございます。

皆さんは高等学校の課程を無事終了し、本日の卒業式を迎えることができました。本校におきましては78回目の卒業式となりますが、ここ玉島に移転開校した作陽学園の初年度入学生の記念すべき卒業式でもあります。入学当初は、我々教職員も新しい施設に慣れておらず、まだまだ整備すべきところがあった状態でした。そのような中、一緒に学校生活の基盤を固め、新しい歴史を作ってくれた学年です。また皆さんの高校進路選択の時期は、新型コロナウイルス感染症の影響がまだ残っていました。皆さんが中学校3年生の時には、現校舎、施設が完成しておらず、オープンスクールや学校紹介もくらしき作陽大学の校舎で行っていました。その中で作陽学園高校への進学を決断してくれました。今日は卒業生の皆さん、保護者また関係者の皆様に対しまして「ご卒業おめでとうございます」という思いとともに「玉島開校初年度の作陽学園高校に来てくれて本当にありがとうございました」と感謝の気持ちでいっぱいです。

作陽学園の始まりは昭和5年、1930年までさかのぼります。当時日本では、明治維新後に急激に産業の近代化が進みました。大正時代には第1次世界大戦が起こり、日本の産業革命がさらに加速しました。その時代に創設者である松田藤子先生は、産業が発達し豊かな社会になればなるほど、知識や技術だけではなく、人間性を高める心の教育が重要であると考え、学校を創設しました。当時の産業革命と中身やスピード感は違いますが、現代はIT革命、産業のAI化が加速して進み、新たな産業構造へと変化しつつあります。さらに現代の日本は、どこの国もまだ経験していないような少子高齢化が進んでいます。既存の価値観や働き方が変わりつつあり、見通しを立てにくい世の中になっています。こんな時代だからこそ、普遍的に必要である人間性の向上とたくましく生きていくための人間力を身に付けることが求められています。このような背景を踏まえて、新たな学校を作るという強い決意からの移転事業でした。

新たな土地に移り、作陽学園高等学校が地域になじめるかどうかの不安を持っていたスタートでした。しかし移転初年度入学生の皆さんのおかげで、3年間でこの地域における作陽学園高校の存在感を大きく変えることができたと実感しています。学業や部活動に懸命に取り組みながらも、地域の行事に積極的に参加し、ボランティア活動にも多くの生徒が積極的に取り組み、地域の方々から作陽の生徒のおかげでという声が年々大きくなってきています。人と人とのつながりが希薄になりつつあると言われている時代に、直接人と触れ合い、人に喜んでもらえることを喜びとする人物となる、これこそが作陽学園高校の願いです。

みなさんは、ここで3年間ともに学んできた仲間と別れ、新たな場所に向かって巣立っていきます。そのみなさんに「作陽学園高校校歌三番」の歌詞を今一度説明し、それを贈る言葉としたいと思います。現在の校歌は今から62年前の1963年、昭和38年の男女共学一期生入学年度に校歌と制定され、移転の際にそれまでの1番を5番とするなど補作詞を行いました。60年程前に作られた3番の歌詞に現在の世相に当てはまること、そしてどのように生きていくべきかが示されています。

「五濁(ごじょく)の海は荒くとも 不動の信念われにあり

静寂和敬(せいじゃくわけい)の精神(こころ)には さへぎる波もあらじかし」

最初に出てくる五濁とは仏教用語です。社会が混乱するときにおこる五種類の乱れを指しています。難しい言葉ですが、劫濁(こうじょく)、見濁(けんじょく)、煩悩濁(ぼんのうじょく)、衆生濁(しゅうじょうじょく)、命濁(みょうじょく)という五種類の世の中の乱れを指しています。一つ目の劫濁(こうじょく)とは時代的困難や飢饉、世界各地で今なお続いている戦争や紛争や全世界を苦しめた新型コロナウイルス感染症のような疫病などの、時代や社会の大混乱を指します。二つ目の見濁(けんじょく)とは、思想の乱れを言い、悪意に満ちた間違った見方や考え方が常識となってはこびこる状態を指します。三つ目の煩悩濁(ぼんのうじょく)とは、欲望や憎しみなど、人々の煩悩が渦巻く社会になることを指します。四つ目の衆生濁(しゅうじょうじょく)とは、人びとの良心の資質が衰えた世の中になることを指します。五つ目の命濁(みょうじょく)とは、生命が軽んじられ、生きていることのありがたさや意義が見失われるような状態を指します。簡単にまとめると、「時代、考え方、欲、良心、命、などあらゆるものが濁る社会」ということになります。

これから新たな場所に向かう君たちは、自らの道を自ら切り開き、たくましく自分の世界を築いていかなければなりません。将来の見通しが立てにくい五濁の海ともいえる実社会という大海原に飛び込もうとしています。改めて三番の歌詞をかみ砕いてみますと、「このような困難が渦巻く世の中でも、ぶれない心を持ち続け、落ち着きを保ち、人を敬う心を持てば、君たちの前に立ちはだかるものはない。」という意味になります。ぶれない心を持ち続け、人を敬いながら落ち着きをもって実社会という大海原に臨んでもらいたいと思います。その大海原を進んでいくために必要なものは、やはり3年間常に君たちに伝えていた「人間性」と「人間力」です。人間性、即ち利他の心を磨けば、どんな環境でも周囲から大きな信頼を得ることができます。豊かな人間性は、荒れている五濁の海において、君たちの周りの荒波をきっと穏やかなものとしてくれます。また人間力とは、人とかかわりあいながら力強く生きていくための力です。多くの情報、多様な価値観が渦巻く現代で、自分の考えを魅力的に表現できる人は、多くの人々を引き付け、巻き込み、大きな力を持つことができるようになると思います。人間力は、荒れる大海原でもしっかりと漕いで行くことのできる大きな力と必ずなるはずです。

君たちは、新たな場所で、初めて出会う人たちと仲間となり、そこで「おかげで」と言われる人物として自分自身を一生通じて成長させていってください。強い思いを持ち、自らを成長させることをやり続ける、作陽学園高等学校の校訓「念願は人格を決定す 継続は力なり」を実践してください。

君たちの大いなる飛躍と、成功を祈念いたしまして、式辞とさせていただきます。


令和八年三月一日

作陽学園高等学校

校長 野村雅之